大判例

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大阪地方裁判所 昭和54年(わ)6912号 判決

本店

大阪市東区高麗橋二丁目三三番地

丸五商事株式会社

右代表者代表取締役

伊藤徳三

伊藤幹生

本籍

兵庫県西宮市美作町三二番地

住居

兵庫県西宮市西平町一九番一六号

会社役員

伊藤幹生

昭和一〇年九月一六日生

右両名に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官飯田穣出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人丸五商事株式会社を罰金一、七〇〇円に、被告人伊藤幹生を懲役八月に各処する。

被告人伊藤幹生に対し、この裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人丸五商事株式会社は、大阪市東区高麗橋二丁目三三番地に本店を置き、商品取引業を営むもの、被告人伊藤幹生は、同会社の代表取締役専務としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人伊藤幹生は、右会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、同社代表取締役社長伊藤徳三と共謀のうえ、同会社の昭和五二年一月一日から昭和五二年一二月三一日までの事業年度において、その所得金額が三五六、四三七、四一〇円で、これに対する法人税額が一三六、二六九、一〇〇円であるのにかかわらず、架空の売買損を計上するなどの行為により、右所得の一部を秘匿したうえ、昭和五三年二月二七日、大阪市東区大手前之町一番地所在の東税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一一五、一三八、三四六円で、これに対する法人税額が三九、七五七、三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、法人税九六、五一一、八〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書二通及び同人に対する収税官吏の質問てん末書六通

一、伊藤徳三の検察官に対する供述調書及び同人に対する収税官吏の質問てん末書

一、伊原金三郎、青山春太郎、中野多計志、福島務、藤田博史の検察官に対する各供述調書謄本

一、伊原金三郎(二通)、青山春太郎、中野多計志、福島務、藤田博史、橋本重郎(三通)、須原茂樹に対する収税官吏の各質問てん末書

一、収税官吏作成の査察官調査書二通

一、収税官吏作成の脱税額計算書

一、東税務署長作成の証明書三通

一、登記官作成の登記簿謄本

一、丸五商事株式会社作成の証明書

(法令の適用)

刑法六〇条、法人税法一五九条(被告人伊藤幹生について懲役刑選択)、一六四条一項、刑法二五条一項

(裁判官 森下康弘)

○控訴趣意書(昭56・4・20取下げ)

法人税法違反

被告人 丸五商事株式会社

伊藤幹生

右被告人らに対する頭書被告事件について、昭和五五年七月一七日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から申立てた控訴の理由は左記のとおりである。

昭和五五年一一月一三日

右弁護人 渡邊俶治

大阪高等裁判所

第六刑事部 御中

本件控訴の趣意は

一、原判決は重大な事実の誤認があり、よって本来無罪とさるべき被告人に対し有罪の言渡しをされたものであり、右事実の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、かりに事実誤認が認められないとしても、原判決の量刑は左の理由により著しく重きに失し不当であるから到底破棄を免がれない。

よって右各理由により原判決を破棄し、さらに適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

第一、誤認

原判決は、本件公訴事実と同一の事実を認定し、被告人伊藤幹生は会社の業務に関し法人税を免がれようと企て、同社代表取締役伊藤徳三と共謀のうえ、同社の昭和五二年事業年度において、架空の売買損を計上するなどの方法により、所得の一部を秘匿したうえ、虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正行為により法人税九六、五一一、八〇〇円を免がれた旨判示した。

しかしながら、元来、逋脱犯の犯罪事実の認識については、納税義務の存在、偽りその他の不正の行為に該当する事実、脱税の結果、一定の身分の存在の四要素の認識が必要であり、かつ右の「偽りその他不正の行為に該当する事実」については、およそ租税の収納を減少させる結果を生ぜしめる可能性のある行為で社会通念上不正と認めらる行為を指すと解すべきところ、本件被告人の所為は、同族会社間における一方の利益の減少と他方の利益の増大の結果、被告会社の過少申告と他方同族会社である大洋産業株式会社の過大申告の結果を招来したものであって、同族会社である被告会社と大洋産業株式会社を一体として実質的に考察するにおいては、何ら所得の秘匿行為及び脱税の結果は生じておらず、かつ、偽りその他の不正行為も存しないから逋脱犯として問擬さるべきものではない。

(1) 被告会社丸五商事は代表取締役伊藤徳三、その長男伊藤幹生も代表取締役、二男伊藤滋夫を常務取締役とし、その発行済株式の九〇パーセント以上を右伊藤徳三らが所有する同族会社であって、穀物その他の商品取引を業とする会社であり、他方、大洋産業株式会社は、毛皮及び皮革製品の輸入販売が主たる目的で、穀物の取引を従たる目的とし、前記二男伊藤滋男を代表取締役とし、伊藤徳三及び伊藤幹生を取締役、その株式の一〇〇パーセントを右伊藤徳三ら一族で所有する同族会社であって、法律上の人格は別にするけれども、その資本構成、人的構成及び業務の面において完全な同族会社として実質的には、一個の法人の各部門の如き形態をとっている。

しかも大洋産業株式会社の商品取引部門に関しては、同社代表取締役伊藤滋夫は全く関与することなく、被告会社代表取締役伊藤徳三及び伊藤幹生の両名において、被告会社の利益のために利用していたのであって、いわば大洋産業の商品取引は被告会社の業務の一環としてなされていたということができるのである。

(2) 被告会社は商品取引員として農産物の先物取引等につき客の委託による売買の媒介と、自らが売買の当事者となる取引をなし、大洋産業は取引所会員として自らが売買の当事者となる取引をなしている。

ところが、商品取引市場においては、商品取引の公正を期するため商品取引員の売買の限度及び客の委託による売買の限度をそれぞれ定めていわゆる建玉制限をしているため顧客が商品相場の見通しをあやまって早急に手仕舞しようと考えたとき、その売買を被告会社が受託しても、市場における値段の乱高下により、売買の相手方がなく放置すれば顧客の損害が増大する危険性のある場合において、被告会社としては、やむなく顧客の損害防止のために自からがその売買の相手方とならざるを得ないのであるが、被告会社自身が建玉制限の限度一杯に自己取引をしているためその客の売買の相手方となることができない結果となる。

そのため、同族会社の一である大洋産業の有する売買枠を利用し、その客の売買の相手方を大洋産業とする取取を被告会社が委託をうけて行なう形式・方法により顧客の要望に応えてきたものであり、大洋産業の商品取引は、被告会社が商品取引における建玉制限を免がれるための行為として、被告会社の利益のためにその計算においてなしてきたものである。その結果大洋産業としては、自らの営業として商品取引をなしたものではなく、被告会社が自社の必要上、大洋産業の名義を利用したにすぎないにも拘わらず、形式的には被告会社に売買を委託したことにより売買による損益と、被告会社に対する委託手数料の支払が発生し、その額は大洋産業の設立時点である昭和四六年以降昭和五二年九月三〇日までについてみると、委託手数料の支払額が一八〇、四四一、一〇〇円で、取引による損失が三四、〇六五、八八九円の合計二一四、五〇六、九八九円にも達したのである。

右の約二億一千万円の委託手数料及び損失は、被告会社の依頼による所謂犠牲玉の手数料のみならず、被告会社からの依頼によらない大洋産業自身の取引による手数料を含んでおり、その割合は二分の一である旨、伊藤幹生は原審において供述しているのであるが、その大洋産業自身の取引というのも、大洋産業の代表者之び社員は全く関与せず、被告会社代表者である伊藤徳三及び伊藤幹生の両名が、被告会社の計算において大洋産業の名義を使用していたにすぎないのであるから、本来、被告会社において負担すべきものであることは明らかである。

すなわち、被告会社は自からの計算において商品取引を行ないながら大洋産業の名義を利用した結果、形式上発生してくる委託手数料を大洋産業から受領することによって利益をあげていたのであり、本来、右委託手数料は大洋産業が負担すべき義務のないものであり、計算上は手数料の割戻しとして被告会社から返還すべき筋合いのものであって、手数料の割戻しは税法上、禁止されるものではない。

しかしながら、右手数料の割戻しが、商品取引上の禁止行為として監督官庁により禁止されているため、被告会社としては、自からの計算により大洋産業の枠を利用して商品取引を行ないながらそのうえに手数料まで取得する結果となり、他方大洋産業は、自社の計算でなしたものでない取引について手数料を負担する結果となって、一方は利益のみ取得し、他方は損失のみ負担するという不公平な状態を是正するため、禁止事項である手数料割戻しの批難を回避し、架空の売買取引により本件利益の移管にでたものである。

被告会社は大洋産業の損失負担によって得た利益を払い戻したにすぎず、被告会社の利益減少がそのまま大洋産業の利益増大として申告納税されたのであって、同族会社である被告会社及び大洋産業を連結決算で考察した場合においては、その所得金額は同一であって、被告人の所為は第三者をクロスさせた架空売買による取引ではあっても租税の収納を減少させる結果を生ぜしめる行為ではない。

(3) 逋脱犯における「偽りその他不正の行為」は、その結果として国家の租税収入を減少させる結果を生ぜしめることに意味があるのであり、通常の場合においては、仮装の手段を用いて利益を隠蔽し、その利益を簿外預金として隠匿し、あるいは役員間で闇賞与の形で分配するなどの行為に具現される。

本件においては、大洋産業は利益移管をうけた当該年度においてその利益二億三千万円の全額をすべて所得として申告し法人税八、〇〇四万円を納入しているのであり、行為者伊藤幹生としては、自己が支配する同族会社間の一方において利益として計上し納付すべき租税を、他の一方の会社の利益として計上し、その法人税を納付する方法を執ったにすぎないのであって、被告会社及び大洋産業の両社の役員として、その商品取引業務の全部を取扱っていた被告人としては、両社全体のトータルで所得額を把握したとしても止むを得ないものがあり、これを脱税というにおいては現われた現象面において大洋産業で税金を納付するために、被告会社が脱税したという誠に奇妙な結果となっているのである。

本件における架空売買という不正手段は、手数料割戻しという商品取引上の禁止事項を免がれるための手段として用いられたものであり、被告会社の利益の隠匿を目的とするものではなく、もっぱら大洋産業への利益の払戻しを目的としてなされたものであるから、移管した利益を大洋産業において申告納付している以上、被告人には脱税の犯意はもとより、被告会社だけに限定してその申告が過少であると認識する筈もなく、結局故意を欠くものといわざるを得ないのである。

本件においては、被告会社は所得金額が三五六、四三七、四一〇円であって、その法人税額が一三六、二六九、一〇〇円のところ、その所得が一一五、一三八、三四六円であるとして、法人税三九、七五七、三〇〇円しか納付せず、九六、五一一、八〇〇円の脱税をしたというのであるが、他方、大洋産業は実質一、四〇〇万円の欠損であって、法人税納付の義務なきにも拘わらず、被告会社から払戻しをうけた利益二億三、〇〇〇万円を所得として申告し、これに対する法人税八〇、〇四〇、一〇〇円を納付しているのであるから、被告会社において支払を免がれた税額と、支払の義務がないのに納税した大洋産業の税額の差額一六、四七一、七〇〇円が結果として租税収入を減少させた金額にすぎない。

しかも、被告会社の申告納税時においては大洋産業の決算は確定しておらず、赤字決算による税額の減少は予測しえなかったのであるから、右租税収入を減少させた差額は当初から予想し得たものではなく、又、結果として生じた右差額の約一、六〇〇万円を免がれるために、二億三、〇〇〇万円もの利益移管を企てることなど、到底ありうべきことではない。

第二、量刑不当

被告人の本件所為は、前記の如く脱税を目的としたものではなく、親としてあるいは兄弟として被告会社と大洋産業の間の利益バランスを考えた結果の行為であり、しかも被告会社において過少申告により生じた利益はすべて大洋産業において申告されているのであるから、本件において実質的に逋脱税額として対象とされるべきものは、前記の差額一六、四七一、七〇〇円であって、被告会社のみの脱税額を対象とすべきではない。

そうだとすれば、被告会社に対し罰金一、七〇〇万円、被告人伊藤幹生に対し懲役八月執行猶予二年を科した原判決の量刑は重きにすぎること明らかである。

以上いずれの点から考えても原判決は不当であるから原判決を破棄し、さらに適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

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